あるいはiで一杯の文

前日か当日に観たり・聴いたり・読んだりしたものについて書いていこうと思います。この文を読んだ方が、それらに触れたくなってもらえたら幸いです。

キッズ・オールライト~今までも、これからも~

 ジュブナイルが好きだ。瑞々しい少年少女の物語は、自分が見落としていた世界の広さを再認識させ、大人になり鈍感になった神経に、人生の痛みを思い出させてくれる。そして、その痛みに向き合い、克服することが、如何に偉大で素晴らしいことかを、改めさせてくれる。「さよならだけが人生だ」ということにすっかり馴れてしまった大人達、そしてこれから幾つもの「さよなら」を迎えていく子供達に、「大丈夫」と言い放ってくれる映画、それが「雨を告げる漂流団地」だ。

 「死んだと思ったらまだ生きてた」でお馴染みのこのブログ、半年ぶりの更新です。前回の更新からも引き続き残業続きで、それに加えて今更自動車教習所に通い始めたもんで…。しかし、何とか教習所は卒業できたので、またぼとぼち書いていこうと思います。今年は個人的には豊作なので、公開が終わってしまったものについても、書ければなと。(「The Batman」とか「Nope」とか…)
 というわけで、今回ご紹介するのは、スタジオコロリド制作の長編アニメ映画「雨を告げる漂流団地」。ずとまよ(ずっと真夜中でいいのに)が自身のライブ終わりに、この映画のテーマソングを担当すると発表した時、涙目になるほど楽しみにしていた作品です。監督は傑作ジュブナイルペンギン・ハイウェイ」の石田祐康さん。子供視点の場面描写やキャラの演出がピカイチの前作でしたが、今回も非常に瑞々しく、愛おしい仕上がりの作品になっております。

 小学校最後の夏休み、熊谷舩祐は友達と取り壊しが決まった鴨の宮団地にやってきた。「お化け団地」と呼ばれるこの場所で、出ると噂のお化けを捕まえ、自由研究の対象にするというのだ。渋々付き合う舩祐は、かつて住んでいた団地のその一室で、幼馴染の兎内夏芽と出くわす。
 その部屋は、舩祐と夏芽、そして亡くなった舩祐の祖父、❝やすじい❞の三人が住んでいたのだ。夏芽が部屋に来ていたこと、そして彼女がやすじいのカメラを持っていたことをきっかけに、些細な諍いが起こる。その結果、夏芽が団地の屋上から落ちてしまうと、突然団地は舩祐達を乗せたまま、どこかの大海に漂流してしまう。あまりにも唐突な事態を夢だと捉える夏芽達だったが、いくらたっても覚める気配がしない。舩祐は友達と団地で出会った少年、❝のっぽ❞と協力して、家へ帰ろうとするが…。

 何といっても、舩祐と夏芽、そして彼らの友達の表情と動きがとても良いです。突然の漂流に戸惑いつつも、次第に事態に慣れていき、皆で海水浴をしたり、非常食と駄菓子(ブタメンっていうのがまた…)で作った料理で食卓を囲むシークエンスは、観ていてとても心地良かったです。とにかく美麗な画とド派手なアクションが持て囃される昨今ですが、そんなものよりも丁寧な作画と巧みな演出が大事、ということを痛感しました。
 画面の中で笑い、泣く彼らの感情を聞かせてくれる声優陣も素晴らしい。皆の中心となって、奮闘する舩祐役の田村睦心さん、そんな舩祐が気になる正統ツンデレサブヒロインの令依菜役の水瀬いのりさん、何より航祐と夏芽の友人、太志役の小林由美子さんのベテランっぷりに感無量でした…。最近だと、「地球外少年少女」での演技も良かったし、何より「クレヨンしんちゃん」ですからね…。もう快活な少年といえば小林さんですね、個人的には。

 不思議な場所で過ごす夏の一時という朗らかな一面もあるこの作品ですが、そこにはしっかりとした痛みが描かれています。食料の確保や漂流団地からの脱出を試みる少年達は、その過程で肉体的な傷を負い、不安から仲間内での衝突や自身を苛むことで、精神的にも傷ついていきます。そして、話が進むにつれて、物語は夏芽が負った傷に触れていきます。
 喧嘩が絶えなかった両親が離婚し、自分が甘えられる場所を失ってしまった夏芽にとって、引っ越し先で出会ったやすじいとその団地は、本音の自分をさらけ出せるかけがえのない居場所でした。しかし、やすじいのお見舞いへ向かう途中、舩祐が零してしまった一言で、やすじいが住む団地は所詮は他人の家ということを突き付けられてしまいます。そして、やすじいが亡くなり、団地の取り壊しが決まったことで、またしても居場所を失くした夏芽は、物語の終盤、沈みゆく団地と自身を共にしようとします。「これから先に、自分の居場所なんてない」という夏芽に、彼女を傷つけてしまった航祐は吹き荒れる嵐の中、手を差し伸べます。過ぎ去ってしまった過去ではなく、未来を共に生きるために。そして、航祐をサポートして、夏芽と団地の救助に奮闘する仲間たち。嵐に身を打ち付けられ、傷つく彼らの下に駆けつけたのは…。

 「ペンギン・ハイウェイ」で、死別という喪失を受け入れる過程を描いた石田監督、本作ではその喪失を起点として、物語が始まります。失ってしまった過去を、思い出として現実に昇華させる過程を、幻想的な場面でコミカルに痛切に描く本作。好みを問わず、多くの人に観てほしいので、良ければ是非にご覧ください。